複雑時計の最後のフロンティア 〈 リピーター&ソヌリ 〉 機械式時計の“音”の世界(1)
機械式時計の“格”は、付加機能で決まる。トゥールビヨンや永久カレンダーなどの複雑機構が格上になるのだが、その中でも最もステイタスが高いのが、ミニッツリピーターなどの鳴り物機構。どれだけ工作機械が進化したとしても、人の手と耳がなければ、作ることは不可能だ。
機械式時計産業では大きな改革が進行中だ。かつては職人が手作業で磨いたパーツも、今では工作機械で仕上げることができるようになり、さらにはムーブメントの調整や注油さえも自動化が進んでいる。
人間が手作業の場合、どうしても仕上がりにバラツキが生じてしまうのは事実だ。しかし工作機械任せとなると、手作業ならではの味わいが込められない……。意見は常に賛否両論だが、昨年はさらに衝撃的な出来事が起きた。
なんとタグ・ホイヤーが100万円台のトゥールビヨン・クロノグラフを発表したのだ。業界のセオリーからすれば数千万円クラスの機構だが、タグ・ホイヤーでは徹底的なコスト計算と最先端工作機械による完璧な生産管理によって、前代未聞の価格を実現させたのだ。
こうなると、“複雑=高額”だと信じてきた時計愛好家の心中は穏やかではないだろう。しかし、そんな時代の流れに逆行する形で、注目を集めているのがミニッツリピーターなどの鳴り物機構だ。
ハンマーでゴングを打ち鳴らすことで時刻を教えてくれる機構は、教会の塔時計の時代から存在しており、懐中時計時代は暗闇の中でも時刻を知るための実用機構として好まれた。
現代は夜でも明るいため、実用性はなくなったが、それでもメカニズムの面白さと音色の美しさに魅了される人も多く、知的好奇心に溢れた富裕層の時計愛好家に支持される。
ミニッツリピーターやソヌリなどの鳴り物機構は、メカニズムが極めて複雑であるだけでなく、“音を美しく奏でる”という特殊な性質があるため、必ず人間の手と耳で調整しなければいけない。
それの感覚はどちらかといえばピアノの調律に似ており、それゆえ時計ではなく“一種の楽器”であると語る人さえいる。どれだけテクノロジーが発達しても、鳴り物機構だけは古くからの時計技術と職人の経験がすべてだ。それゆえ“最後のフロンティア”と呼ばれているのである。
PANERAI
ラジオミール 1940 ミニッツリピーター カリヨン トゥールビヨン GMT オロロッソ-49MM
8時位置のプッシュボタンを押すと、時計の裏側にあるミニッツリピーター機能が起動。3つのハンマーを使用する“カリヨン”タイプで、美しいメロディを奏でる。さらに10時位置には、3次元回転を行うトゥールビヨン機構も搭載している。手巻き、18KRGケース、ケース径49mm。オフィチーネ パネライ問0120-18-7110
2017年3月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)