HORLOGERIE ECONOMICS 経済とお金と時計の話
第一回 お金とは。
10月1日からの消費税増税や年金2000万円問題で、お金への関心がいっそう高まっています。豊かな生活を送るためには、お金というものをより理解する必要があります。しかし、難解なトマ・ピケティの『21世紀の資本』を読んだり、日銀金融政策決定会合の動向をいちいちチェックする必要はありません。お金とは何か、その役割を知っておくだけ十分です。
ここでは改めてお金の持つ役割を明確にしていきましょう。まずお金は3つの役割を持っています。この3つの機能が揃ってからこそ、お金と呼べます。最近世間を賑わせているビットコインや仮想通貨(今は暗号資産と呼ぶ)は、3つの機能が揃っていなかったため、通貨になりえませんでした。
まず一つ目は、「交換」です。資本主義とは自由に欲しいものと交換して個人の欲望を推進するというシステムです。この共通認識があるから、気軽にショッピングができるわけですね。消費税とはその交換のたびに税金が徴収されるというものです。
誰しも生きていくために交換(消費)しないといけないので、一見すると平等に思えますが、お金持ちはおなか一杯になったら、それ以上は無理に食べられませんから、お金持ちが消費を増やすのも限界があります。
そういう意味で消費税は格差が広がってしまう税制といえるといえるでしょう。だからこそ、お金持ちには腕時計のような奢侈品を買ってもらわないと経済が回らないわけです。
二つ目は、「尺度」です。焼き肉が食べたい気分だけど、一人専用の焼き肉チェーン980円と、高級焼き肉店で2万円を支払うのはどちらを選ぶか。同じ焼き肉を食べるという行為は一緒ですが、価値がまったく違います。
つまり「尺度」とはモノ・コトの価値を数値化して“見える化”させることです。しかも客観的な視点も備えているので、他人にもその価値を伝えることができるのが非常に便利な点です。
最後に三つ目は、「貯蓄」です。リンゴを生産するときに余分に作りすぎてしまったものを保管していても時間が経てば腐ってなくなってしまいますが、お金に交換しておけばその余剰分は蓄積されます。つまり価値をキープしながら蓄えることができるということです。
年金2000万円問題もこの「貯蓄」について関係しています。リタイア後は収支における支出に偏るわけですから、「交換」活動を維持するためにある程度の蓄財が必要で、それには予想以上の額が算出されたのが問題となったわけです。
さて、お金の持つ3つの役割がわかったところで、腕時計について考察してみましょう。腕時計はリセールバリューがよいアイテムだとよく言われます。これはお金の「交換」の機能が働いているわけです。
しかし、いったん売買が成立した時点で、中古品になってしまうので、買値の半額くらいにはなってしまいます。ところが需給のバランス(人気アイテム)によっては、時計は中古でも買値より高値で取引されるレアなアイテムといえます。
またブランドやモデルによって、1000円のものもあれば、2億円以上するものが存在するのが腕時計の面白いところです。世の中にはいろいろなモノが存在しますが、腕時計という“時刻を示すもの”というひとつのアイテムにこれだけ価格の幅のあるものはありません。
クルマでも新車なら80万円から2億円前後の価格幅。これはまさにお金の機能のひとつである「尺度」に当てはまります。このように時計はお金の「交換」と「尺度」の機能を備えるわけですが、残念ながら「貯蓄」という機能は備えていません。
貯蓄は交換という機能と密接に関係しており、必要な時に交換できないと意味を成しません。ですので、20年前からコレクションしていたアイテムが、プレミア価格が付いて高く売れたという事例は貯蓄性にあたりません。
先述した仮想通貨も不安定な交換性のため、お金(通貨)としては不適格という判断が下されています。時計は貯蓄性がないため、金融資産にはなりませんでしたが、交換と尺度の機能を持つため、極めて趣味性の高いアイテムとなっています。この特性がコレクターズアイテムの多い要因にもなっています。
お金には「交換」、「尺度」、「貯蓄」の3大機能があります。最近では「交換」と「貯蓄」を組み合わせた電子マネーなどが普及し始めました。お金の機能を知ることで、もっと賢く使うことができるのです。
文 高橋克実