パテック フィリップ 175年目の挑戦

高級時計の世界でパテック フィリップは別格の存在だ。その魅力は何よりもまず、ジュネーブの高級時計作りの伝統を頑固なまでに遵守したそのメカニズムにある。地板や受け、歯車やカム、さらに部品を留めるネジの頭や小さな歯車の歯の一枚一枚に至るまで、宝石のように磨き上げられた機械式ムーブメントは、まさに機械の宝石。

さらに「カラトラバ」コレクションに象徴される、過剰な要素を徹底的に排除して生まれた、どんなに時間が経っても魅力を失わないシンプルな外装デザインも、メカニズム同様に他の時計ブランドとは一線を画した、パテック フィリップの大きな魅力のひとつ。

もし世界中の時計愛好家に「生涯使い続ける腕時計を、ただ1本だけ選んでほしい」とお願いしたら、彼らの多くが間違いなくパテック フィリップの腕時計を選ぶに違いない。だが同社の今日の栄光は、伝統をただ守り続けるだけで築き上げられたものではない。常に挑戦を続けることで築き上げられたものである。

同社の歴史はそんな数々の挑戦に彩られている。たとえばそのひとつが、1949年に同社が特許を取得した「ジャイロマックス・テンプ」だ。チラネジの代わりにテンプの内側の錘の位置で緩急調整を行うこの仕組みは、チラネジなしのテンプが一般化した現代を約半世紀も先取りする、画期的な発明だった。

そしてその挑戦は、こうしたメカニズムの革新に留まらない。前社長であり、現名誉会長のフィリップ・スターンとその息子で現社長のティエリー・スターンの時代を迎えて、同社はさらに果敢な挑戦を敢行。パテック フィリップをさらに偉大な時計ブランドへと成長させた。

1996年にはジュネーブ郊外のプラ・レ・ワットに、時計のデザイン、開発、設計、製造、組み立て、検査まですべての工程を行える、革新的なデザインの本社工場を他の時計ブランドに先駆けて建設。2001年には自社の製品ばかりでなく、ヨーロッパの500年以上に及ぶ時計製作史を体感できる世界最高峰の時計博物館「パテック フィリップ ミュージアム」を開館し、時計文化の魅力を全世界に発信している。

さらに2009年には、ジュネーブ州が定めた高級時計の品質規準を遙かに超えた独自の品質規準「パテック フィリップ・シール」を創設し、高級機械式時計の新たなスタンダードを提示した。 そして同社は今年の5月、創業175周年を迎えた。

ここでまた、同社の歴史に新たなページを刻む挑戦と、その成果が発表されることは間違いない。 まず、時計愛好家なら注目しておきたいのが、創業150周年を迎えた1989年に発表された“時計史上最も複雑な懐中時計”「キャリバー89」や、西暦2000年を記念して登場した芸術的な複雑懐中時計「スターキャリバー2000」に続いて発表されるであろう、新たな超複雑時計だ。

さらに175周年を記念するどんなモデルが登場するのか。そして、製品以外にもどんな新たな挑戦が発表されるかのか。期待は高まるばかりである。

創業者である美術愛好家だったアントワーヌ・ノルベール・ド・パテック(下)と、天才時計技術者のジャン・アドリアン・フィリップ(上)。ふたりの出会いからパテック フィリップは始まった。

1989年、創業150周年を記念して発表された“世界で最も複雑な”33もの機能を持つ複雑懐中時計「キャリバー89」(表・裏)。

パテックフィリップが特許を取得した緩急調整機能を備えた「ジャイロマックス・テンプ」。より精密な時間調整を可能にする技術として今もその価値は変わらない。

1978年から2009年まで社長を務めた父フィリップ・スターン氏(左)と、2009年から社長を務める息子ティエリー・スターン氏(右)。2人の手でパテック フィリップのブランド価値はさらに高められた。

1996年に落成したパテック フィリップの本社兼工場。伝統的な時計師の工房に代わり、現代の機械式時計作りにふさわしい時計ファクトリーとは何かを再定義した。

ムーブメントに刻印される「パテック フィリップ・シール」。ムーブメントばかりでなく精度や外装、アフターサービスまで時計のすべての要素について独自規準のクリアを保証する。

Text by Yasuhito Shibuya

2014年6月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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