フェラーリ試乗記
フェラーリとフェラーリファンにとって、2019年はとりわけ実り多い年だったはずだ。なにしろニューモデル攻勢である。なかでも白眉は、今回試乗記で紹介する「F8トリブート」と、4輪駆動のプラグインハイブリッド「SF90ストラダーレ」だ。
F8トリブートは、フェラーリにとって、ミドシップV8スポーツモデルの総決算ともいうべきものだ。フェラーリじしん、最初に大成功を収めた308シリーズ(1975年)のモチーフを、少なくともスタイリングには使ったことを公言している。
試乗はフェラーリ本社のある中部イタリアのマラネロで行われた。国際空港のあるボローニャから約40キロのところにある町で、フェラーリファンなら一度は訪れたことがあるかもしれない。
フィオラノというフェラーリのテストトラックと、周辺の道路が今回のF8トリブートの試乗に使われた。フェラーリじしん、1940年代からあたりの公道をテストに使っており、かつてはフォーミュラマシンまで走らせていたそうだ。
F8トリブートに乗った日はあいにく朝から雨。そこでペースを落とさざるを得なかったが、逆に、雨の日の操縦性の高さに感心するという、思いがけず、我慢への代償が手に入った。
770Nmというハイブリッド車なみに太いトルクが3200rpmで発生する設定で、ドライブモードがどこに入っていても、たとえウェットモードでも充分に速い。
ピレリPゼロは濡れた路面をしっかりつかまえて、加速の俊敏性といい、コーナリング時のターンインといい、雨中での安定性と、クイックな動きに感心させられる。
考えてみればめまぐるしく天候が変わる欧州の山間部などをとばしているときだってあるだろう。ドライバーが自分の命をあずけられると思えなければ怖くて乗っていられない。F8トリブートは信頼がおけるスポーツカーだ。
ストレートで、ドライブモードをウェットからスポーツに切り替えて、ギアを固定してアクセルペダルを踏み込んだときの、矢のような加速はみごとだし、そこから応答性のいいブレーキを使って減速し、コーナーに入っていったときのライントレースの正確さは、このクルマの真骨頂といってもいいだろう。
車幅が2メートル近いので、走りだして慣れる必要があるかもしれないけれど、クルマがドライバーと一体化するように感じられるようになるまで、長い時間はかからない。加速と減速、それにステアリングがすべて、微妙にコントロールできるからだ。
F8トリブートは、488GTBの後継車として開発された。エンジンは3902ccのV8ターボを継承するものの、488GTBの670CV(493kW)に対して、F8トリブートでは、720CV(530kW)にまでパワーアップしている。
それだけではない。車体は40キロ軽量化しつつ、さらにボディの空力特性を高めた。はたして加速性能は向上し、静止から時速100キロまでを3.0秒から2.9秒で加速するようになった。時速200キロまでは8.3秒から7.8秒と短縮している。
いっぽうで、フェラーリでは「このクルマでは快適性もさらに向上させ、フェラーリ初心者でもアクセスしやすいように仕上げました」(現地で話を聞いた技術者)とする。
電子制御を緻密にして、ドライバーがそれと気づかないように、コーナリングなどにおける安定性を向上(もちろん、スポーツ性能も電子制御の力を借りて向上)している。
マネッティーノと呼ばれるドライブモードセレクターで「スポーツ」あるいは「レース」を選べば、後輪がぐんぐんと前に出ようとする、ドリフト走行も容易に可能になる。
スタイリングは、488のテーマを踏襲。空力的には磨きをかけ、たとえばフロントエアインテークには、取り入れた空気を前輪のダウンフォースに利用するSダクトが設けられているというぐあいだ。
いっぽう、ヘッドランプは488の縦基調から、今回は橫基調へと変更された。これは大きな変更点といえる。F8トリブートのデザイナーに言わせると、SF90ストラダーレとのファミリーアイデンティティを強調したそうだ。
コクピットは例によって、一見、操作系が多くて煩雑に見えるが、いちど使いかたをおぼえれば、すばらしく機能的というデザインだ。
内装の仕上げは、おおざっぱにいって、エレガント系とスポーツ(レース)系とがあり、選べる。どちらもV8フェラーリの持ち味なので、オーナーが自分のポリシーで決めるしかない。価格は価格は3245万円である。