【HORLOGERIE-FASHION Vol.29】遠山周平の洒脱自在


実用本は入門者向け、という思い込みが作る側にあるせいなのか、書店には似たような着こなしノウハウ本が氾濫している。そこで、大人のスタイル構築に応用できる実用ファッションの名著を探索する。

Vol.1 実用ファッションの名著

「週刊ダイヤモンド」の依頼によりファッションの書評をする連載を続けさせていただいている。自ら書店を数軒まわり、気になる3冊を選び、誌面に紹介するという仕事である。これを始めた10数年前は、女性用の洋裁・手芸本に混じって、ほんのわずかしか出版されていなかったメンズファッションの単行本だったが、今や書店によっては、実用書籍売り場に堂々とコーナーを設けるほどの盛況を見せている。

しかしその中身はというと、『ビジネスで成功するための着こなし術は?』とか、『世界に通用する一流のビジネスマンはコレを選ぶ』などのノウハウ本や素人モノ自慢本ばかりで、いささか面白味に欠ける。

そこでしかたなく、経済の書籍売り場で、アパレル業界の内幕を描いた小説や、米国運動靴ブランド・創業者の自伝をチョイスしたり、それでも間に合わなくて文庫本売り場へ寄り道し、九鬼周造の『いきの構造』、カーライルの『衣服哲学』、荷風随筆集(下)に収録された『洋服論』などの古典を紹介する始末となっている。

でも誌面の性質を考えると、真面目に働く男たちのために、真に役立つ実用ファッション本を紹介するのが責務だと考えている。あまり役に立ちそうもないノウハウ本の類書が売り場に溢れているのは、着こなしに迷う男たちが、それだけ多いということなのだろう。

その原因を改めて考えてみると、男の服は社会と深く関わっていることと無縁でない気がする。たとえばビジネススーツは紺かグレーでなければならない、冠婚葬祭は黒服とすべきだ、といった具合に、男のワードローブは社会的なTPOのうえに成立している。

筆者もそうであったが、普段、正しい服装を心掛けている男であればあるほど、自分のためでなく社会に服を着させられている、という心持ちに陥るものなのである。そんなとき出会ったのが『骨格診断×パーソナルカラー 賢い服選び』(二神弓子著 西東社)であった。この本を読むと、ビジネスに必須とされる紺やグレーのスーツ生地のなかで、自分に似合うのは黒に近いものなのか、明るめのものかが、たちどころに自己診断できてしまうのである。

さらにいえば、スーツの着こなしはフィッティングが何より重要な要素のひとつとなる。服と身体の間にある空間(これをゆとり寸法という)をどれほどの分量にすれば適正か。ゆとり寸法は流行などに左右されるものではなく、人それぞれの個性にあった適正値があるものだ。この本の骨格診断には、自分がゆったりした服が似合うタイプなのか、あるいはタイトフィットが合うのかなどを知るヒントも隠されているのである。

イタリアを旅するTV番組を観ると、片田舎で小さな食堂を営む主人とか、あるいは漁師や農家のファミリーなどが登場し、そのほとんどがさり気なく自分に似合う服を着こなしていて、感心してしまうことがある。

その要因は、彼らが自分の体型や顔立ち、さらに髪や目や肌の色に似合う、色や素材やサイズを熟知している点にあると思う。子は親からそうしたセンスを自然に観て学び、それを孫へヘリテージしていく。つまりトレンドとは距離を置いた、DNAによるお洒落術なのだといえよう。

翻って書店に並ぶノウハウ本の多くは、社会性や国際性を振りかざして、なかば脅すように説得する類いが少なくない。それは一面正しいのかもしれないけれど、ほんらいお洒落は楽しいものだという視点が欠落している。

自分が似合うと思える服を選択できたときの喜びは、本人が一番深く感じるものなのである。概して、女性が著す男性向けの実用服飾教本に優れたものが多いのは、彼女らが男性ほど社会的な服の掟に縛られていないことがあると同時に、似合う服を着たときの楽しい気持ちを、素直に表現する喜びを判っているからだと思う。

てなわけで、もう1冊の推しも著者は女性である。『男も見た目の時代』(田中宥久子著 講談社)はヘア&メイクアップアーチストである著者が考案した新・造顔マッサージを紹介したもの。簡単にいえば、身体を鍛えるかのように、自らの手と指だけで顔のシェイプアップする方法を説いたもの。これを実践すれば、高価なグルーミングキットなどなしに、「あんた最近スマートになったんじゃない」と、体重は同じなのに褒められる可能性大。

ただし古い本のうえに、著者も鬼籍に入られたため、中古本を検索していただきたい。正しい着こなしや良くできた衣服を選び身に着けるのは普通のこと。そのうえで、個を生かすウエルドレスのヒントを著したものこそ、大人が必要とする実用ファッションの名著であろう。

Profile
SHUHEI TOHYAMA
1951年、東京生まれ。服飾評論家。面白くもなき老後を洒脱自在に、がこのごろのモットー。新型コロナウイルス禍の下では、裁縫男子の趣味を生かして、昔、一流どころで仕立てたスーツを分解研究するヒマつぶし。たまにコレクション見物へ出ては、若手クリエーターの才能に刺激を受けたり、がっくりしたり。友人が少ないために、夜のクラブ活動は、自然にソーシャルディスタンス。そんな偏屈おやじの退屈読本、お気に障りましたら、ご容赦のほど。

 

Photograph:Naruyasu Nabeshima

2020年8月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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