【HORLOGERIE-FASHION Vol.38】遠山周平の洒脱自在

パテントレザーは、ダンスなどの際に女性のロングドレスの裾を靴墨で汚さないための配慮から考案されたドレスシューズだと言われている。靴の内貼りには華やかな赤い小山羊革が使用され、光沢のある黒と絶妙な対比を成す。靴の一部に赤を効かせるのは、太陽王ルイ14世も好んでいたディテールだ。11万5500円。

18世紀に紳士が『華麗なる衣装の放棄』という英断をしてから男性の正装一式は、女性のドレスを引き立てる役割へと進化した。華やかな要素を漂わせながらも節度を保つフォーマルシューズのご紹介。

Vol.11 紳士のたしなみとして持ちたい華あるパテントレザーシューズ

日本の某航空会社がシカゴへ初の直行便を出した頃、筆者はシカゴの紹介記事を書く仕事を編集部から命じられた。寒風吹きすさぶ12月の末、シカゴの街へ踏み出した瞬間、筆者は後悔した。中部アメリカに位置するこの保守的な土地には、若者雑誌向けのおいしいネタなど転がっていないことに気づいたからである。

ニューヨークから来たカメラマンと早々に取材をやっつけ、ジャズクラブのライブをはしごして、後は『カッパー&カッパー』という渋いメンズクロージンストアでお土産用の海島綿製アンダートランクスを買うと、もう何もやることがない。カメラマンは「年始は家族と過ごしたいから」といって去り、孤独な年の瀬を迎えることになった。

しかたないからシカゴの歴史的なスカイスクレーパーを見物するツアーにでも参加するか、と思案していたら、ホテルの支配人から電話が入った。ホテルで開催されるカウントダウンパーティのお誘いである。「当ホテルのボウルルームは歴史も古く、一見の価値はありますよ」という誘いに、乗った。

大晦日のボウルルームには、近在の裕福な人々が集い、一族ごとにテーブルを陣取って華やかな雰囲気に満ちていた。女性は色とりどりのドレス、なかには長い手袋をした上品な老婦人もいた。いっぽう男性陣はディナージャケットで統一している。

筆者はこのとき初めて、男性の礼装は女性の服装を目立たせるためのアンダーステートメントな一式だと気づかされたのである。筆者の服装も貸衣装屋で揃えたディナージャケット。幸い小柄な日本人に合うサイズの在庫はあったけれど、ただ一点、パテントレザーの靴のデザインが心残りであった。

筆者が理想とするパテントレザーの靴は、先がとんがりすぎていたり、デザインやディテールが妙に凝ったものではない。ダンスの際に靴ひもがほどけるのを嫌い、オペラパンプスを選択する人もいらっしゃるが、筆者はひもで結ぶ式の靴が好きだ。

鳩目穴のあいたパーツにも密かなこだわりがある。外羽根より内羽根のほうがフォーマル度が高いらしいが、筆者はなぜか外羽根のデザインに魅かれてしまう。筆者が外羽根のひも結び式単靴にこだわるのは、米軍キャンプの将校クラブで開催された、ダンスパーティで観た軍人の着こなしにあるのだと思う。彼らは、軍服の足元にパテントレザーのサービスシューズを合わせ、それがすこぶる格好良かったのである。

パテントレザーは光沢のある華やかな素材。だからこそシンプルで無駄のないサービスシューズのデザインで、アンダーステートメントを醸し出す。これこそが『野暮で粋』な男の着こなしの真骨頂ではなかろうか。

サービスシューズというのは、米国が軍隊に供給する靴のこと。戦闘用のブーツから作業靴まで、さまざまな種類があるが、パテントレザーのサービスシューズは、式典用に特別に作られたドレスシューズだ。

そこで推したいのは、オールデンのパテントレザーの外羽根式プレーントゥ。ラコタハウスで販売されている現行品は、通称ミリタリーラストと呼ばれる木型をあえて採用しており、このメーカーがかって将校から一般兵士までサービスシューズを供給していたことを示す、希少な名品に仕上がっている。

こうした靴は、一生のうちに一足あれば足るもの。だからこそ、理想のラストとデザインをもつ、最高の品を選びたいのである。


贈り物にもおすすめ!
アビィレザースティックは靴の手入れ用具のひとつ。革の繊維が一方向に流れるコードバンの白化した毛羽だちや、雨に濡れた革の浮きを滑らかに調整することなどが可能。贈り物にも最適だ。1万2100円。

Profile
SHUHEI TOHYAMA
1951年、東京生まれ。服飾評論家。面白くもなき老後を洒脱自在に、がこのごろのモットー。新型コロナウイルス禍の下では、裁縫男子の趣味を生かして、昔、一流どころで仕立てたスーツを分解研究するヒマつぶし。たまにコレクション見物へ出ては、若手クリエーターの才能に刺激を受けたり、がっくりしたり。友人が少ないために、夜のクラブ活動は、自然にソーシャルディスタンス。そんな偏屈おやじの退屈読本、お気に障りましたら、ご容赦のほど。

 

Information Contact
ラコタ Tel.03-3545-3322

Photograph:Naruyasu Nabeshima

2022年11月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。