【HORLOGERIE-FASHION Vol.35】遠山周平の洒脱自在


文筆の世界から実業界へ転身したこの1年、筆者が驚いたのは仕事着のカジュアル化だ。で、この春に人生の門出に関わる人へあえて提言したいのは、きちんとすること。それは出会う人へ自分を現すことに繋がる。ネクタイはその恰好のアイテムとなる。

Vol.8 人生の節目を祝う 華やぎのネクタイ

都会のトライブな流行を生み出す人は、おそらく10数人に満たないのではないだろうか? そんな洒脱な人の名をひとり挙げろと問われたら、筆者はためらいなく、1980-90年代にツイストしたトラッド服で内外の洒落者を魅了したチューブの斎藤久夫さんを推す。

ある年、斎藤さんは知り合いからバラクータG9をプレゼントされた。着てみると、ふくらんだ袖の作りが気になる。そこで南青山にあるチューブのアトリエで袖を細身にリフォームし、ある新進デザイナーの展示会に出かけた。そこで筆者が目撃したのは、着飾った業界人が多く集まっていた会場のなかで、黒いG9を着た斎藤さんが誰よりもクールに輝いていた姿だった。過去の遺物だったG9がタイトフィット化により復活したことがあった。その遠因に、じつはこの時の斎藤さんの着こなしがあったのは知られざる事実である。

そんな斎藤さんから「遠山さんコレ使ってみてよ」と、アトキンソンのネクタイを頂戴したことがある。そのときは「シルク100%のアトキンソンは珍しいな」くらいにしかとらえきれなかった。

だが一昨年に兄が他界し、筆者は駅前複合ビルのオーナー業務を引き継ぐことになった。駅前社長ともなると、銀行筋や取引先のお偉い方に会わねばならない。にわか経営者の外観面をサポートしてくれたのが、斎藤さんのアトキンソンだった。

このネクタイは、幅、長さ、素材どれも小気味よくビジネスの場にハマるのである。しかも膨大なレジメンタルストライプの中から、斎藤さんが選んだ2種の柄は、基本的であり、きちんとしていて、着用する人の人柄をひそかに支えてくれる。

この春、人生の新しいスタートを切る方にも推奨したいアイテムだと考え、輸入販売している会社に問い合わせた。だが残念ながら今季の取り扱いはないという。で、筆者は考えた。斎藤さんのネクタイを手本にすれば、新たなベーシックが見つかるのではないか? プレスの方とあれこれ相談して絞り込んだのが、ドレイクスのソリッド(無地)タイである。

素材はシルクレップ(細かな畝のある織物)、8cmの幅などは、斎藤さんのアトキンソンと同じ。しかも嬉しいことに、このネクタイは大剣の裏側の裏地を省いた軽快な作りになっていた。1960年代にトラッドを覚えた筆者は、大袈裟なセッテピエゲよりこちらの作りを好む。ソリッドタイというと、基本はネイビーかグレーであろう。しかしあえてややパールがかったブルーとカーキを選んだのには理由がある。

それはこの春、華やいだ場に出る機会があることも考えてのことだ。シルキーなブルーは英国のロイヤルファミリーが好むフォーマルなタイ。白やシルバーより洒脱だ。いっぽうカーキは、チャコールグレーのスーツに合わせれば、ビジネスからアフターシックスまで連続着用も可能。身支度とは、言葉の代わりに自分を表現すること。自分を整え、未来へ進もう。

ウエルドレスのコツは、きちんとしたときこそリラックスして見えること。スフォデラート(裏地なし)の作りはその雰囲気を作り出してくれる。スーパーレップタイ各2万7500円。㉄ドレイクス/渡辺産業プレスルーム☎︎03-5466-3446

遠山さん思い出のレジメンタル

アトキンソンといえばシルク糸とウーステッド糸で風合い良く織り上げたアイリッシュポプリンタイが有名だが、斎藤さんから頂戴したものはシルク100%。そのぶん利用しやすく、日常のビジネスに活躍している。

Profile
SHUHEI TOHYAMA
1951年、東京生まれ。服飾評論家。面白くもなき老後を洒脱自在に、がこのごろのモットー。新型コロナウイルス禍の下では、裁縫男子の趣味を生かして、昔、一流どころで仕立てたスーツを分解研究するヒマつぶし。たまにコレクション見物へ出ては、若手クリエーターの才能に刺激を受けたり、がっくりしたり。友人が少ないために、夜のクラブ活動は、自然にソーシャルディスタンス。そんな偏屈おやじの退屈読本、お気に障りましたら、ご容赦のほど。

Information Contact
ラコタ Tel.03-3545-3322

Photograph:Hisashi Wadano

2022年3月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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