【HORLOGERIE-FASHION Vol.30】遠山周平の洒脱自在

オービスのフィッシングベストやフィルソンのマッキノウベストに匹敵する秀逸なデザイン。スノーピークのTAKIBI Vestには名品の風格が漂う。「TAKIBI Vest」3万7400円。こちらも毎年登場する難燃性の人気デニム。「TAKIBI Denim Pants Indigo」2万8600円。問スノーピーク Tel.0120-010-660

混迷渦中の年末。人に安らぎを与え、活力を取り戻す焚き火を、愛する人達へプレゼントするのはいかがだろう?「あんな時代もあったね」、と後で笑える星夜が来ることを願って。

Vol.2 ”シック”の本当の意味、ご存知ですか? シックな焚き火用ベスト

生家が都内で材木問屋を営んでいたため、筆者は幼いころから焚き火と縁のある生活をしていた。この商売は、保管してあった材木が、割れたり、曲がったり、腐ったりして、売れずに廃棄しなければならない。そのため暖房は薪ストーブでとり、風呂は薪で焚くことが、なかば常識だったからである。

廃棄木材を薪にする作業を、筆者は小学校の高学年になった頃から楽しんでいたように思う。薪作りは長いままの廃棄材を丸ノコ台に載せて、適当な長さに切断することから始まる。じつはこの作業が苦手だった。木材は、ねじれていたり、頑固な節があったり、内部に割れが潜んでいて、下手をすると、切断中に木があらぬ方向へ跳ね飛んでしまうことも少なくない。それをうまくなだめながら切断する作業は緊張を伴うものなのだ。

そうした丸太を、長い柄のついた斧で割る。この作業は楽しい。木の断面にある年輪や節をよく観察し、節を避けながら年輪の中心に刃が入る“木の目”を探すのがコツだ。正しい木の目に沿って斧を入れれば、丸太は不思議なことに、刃が当たるか当たらないかという瞬間にスパッと割れてくれる。あたかも剣豪になった境地だ。

薪には、水分を含んだ南洋のラワン材、アブラ分の多い松など、さまざまなものが混じっている。そのなかから乾燥してよく燃えそうなものを選び、短い柄のついた鉈で、焚き付け用の細い薪を作っておく。短時間で火が起こせる、焚き火の準備完了だ。

家は商家の習わしで、午後3時におやつの時間になる。これを目当てに、事務所には人が集まってくる。お煎餅などが盛られ、薪ストーブに乗ったやかんからお茶が入れられる。大工の棟梁は「ありがたいね」とかいいながら、小粋に煙草に火をつける。そんな頃合いに、みんなのお国自慢話が始まる。

木が燃えて弾ける音は耳に心地よく、木の香りが混じった煙りは自然のアロマテラピー。火を囲んでの話は、決して深刻な方向へはいかない。たとえば子供時代に、野山で体験した冒険談や失敗談が笑いを誘い、時間を忘れさせるほど。「オットいけねぇ配達を忘れてた」などといいながら、活力を取り戻した男たちは、再び師走の街へ飛び出して行く。今考えると、筆者はなんと幸せな子供時代を過ごしていたことか。

年末の本コラムのテーマはギフト。で、愛する人たちと火を囲んだ時間を過ごす、というプレゼントはいかがだろう。超コンパクトなキャンプ用ガスバーナーで世界に認められたスノーピークは、この分野でのハイエンドを目指す会社。テントやタープの品質はもとより、クロージングのデザインも秀逸だ。なかでも推しは、TAKIBI Vest。

難燃性の素材選択、収納力のあるポケット、重ね着しやすいゆとり量。どこをとっても機能的で、しかも洒脱に使える。

このベストなら、今季注文したScyeのガンクラブチェック・スーツに合わせるのもシックかな、と考えたりしている。さて、もう一品の推しは、ワークマンプラスのメリノウール下着。オルロジュリーにワークマンはミスマッチかもしれないが、身体にピッタリした保温下着が苦手な筆者にとって、洗える薄手ウールで作られた保温下着は貴重な存在なのだ。しかもケミカルな素材ではないので快適である。

最近は、衣替えの準備前にいきなり気温が下がることがある。先日のそんな日、筆者はオーラリーの強然コットン・カットソウの上下にこれを合わせて、重宝した。またウールは保温力がナチュラルで、汗の吸収発散性もいいから、寒い時期のテニスプレイにも重宝している。

最近、ユナイテッドアローズの栗野宏文氏が『モード後の世界』(扶桑社)を上梓された。リベラルな理論家として活躍する氏のエッセイだけに、社会潮流からフッションの今を読み解く筆力がすごい。本のなかで、西洋的階級社会の価値観の行き詰まりや、流行を後追いする脅迫型消費の終焉が、こんどのコロナ渦で加速していることを指摘している。

そういえば筆者が尊敬するお洒落の先輩たちも、昔からそれを予兆するような着こなしをされていた。ジム通いに熱心な石津祥介氏はお手軽価格のインソールを何種も試し、「遠山くん、インソールは消耗品だからね」と、いたずら笑いされた。いっぽうアイビー写真集の出版記念パーティでスピーチに立った穂積和夫氏はアメカジという格好。登壇後、筆者に「コレ、蛮カラアイビー」と、ニヤリ。

栗野氏、石津氏、穂積氏、そして筆者も、名ブランドや高級良品が嫌いな訳がない。しかし今は、それらをフラットな目線で捉え、自分が見つけたお気に入りと組み合わせるシックなセンスこそが、大切なのだと思うのである。

名著にもあるように、シックとは、意外なものを組み合わせて洒脱に着こなす遊び心。ワークマンのメリノウール100%の下着はその資格を備えている。各1900円。問ワークマン Tel.03-3847-7760

Profile
SHUHEI TOHYAMA
1951年、東京生まれ。服飾評論家。面白くもなき老後を洒脱自在に、がこのごろのモットー。新型コロナウイルス禍の下では、裁縫男子の趣味を生かして、昔、一流どころで仕立てたスーツを分解研究するヒマつぶし。たまにコレクション見物へ出ては、若手クリエーターの才能に刺激を受けたり、がっくりしたり。友人が少ないために、夜のクラブ活動は、自然にソーシャルディスタンス。そんな偏屈おやじの退屈読本、お気に障りましたら、ご容赦のほど。

 

Photograph:Naruyasu Nabeshima

2020年11月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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