【HORLOGERIE-FASHION Vol.30】遠山周平の洒脱自在
混迷渦中の年末。人に安らぎを与え、活力を取り戻す焚き火を、愛する人達へプレゼントするのはいかがだろう?「あんな時代もあったね」、と後で笑える星夜が来ることを願って。
Vol.2 ”シック”の本当の意味、ご存知ですか? シックな焚き火用ベスト
生家が都内で材木問屋を営んでいたため、筆者は幼いころから焚き火と縁のある生活をしていた。この商売は、保管してあった材木が、割れたり、曲がったり、腐ったりして、売れずに廃棄しなければならない。そのため暖房は薪ストーブでとり、風呂は薪で焚くことが、なかば常識だったからである。
廃棄木材を薪にする作業を、筆者は小学校の高学年になった頃から楽しんでいたように思う。薪作りは長いままの廃棄材を丸ノコ台に載せて、適当な長さに切断することから始まる。じつはこの作業が苦手だった。木材は、ねじれていたり、頑固な節があったり、内部に割れが潜んでいて、下手をすると、切断中に木があらぬ方向へ跳ね飛んでしまうことも少なくない。それをうまくなだめながら切断する作業は緊張を伴うものなのだ。
そうした丸太を、長い柄のついた斧で割る。この作業は楽しい。木の断面にある年輪や節をよく観察し、節を避けながら年輪の中心に刃が入る“木の目”を探すのがコツだ。正しい木の目に沿って斧を入れれば、丸太は不思議なことに、刃が当たるか当たらないかという瞬間にスパッと割れてくれる。あたかも剣豪になった境地だ。
薪には、水分を含んだ南洋のラワン材、アブラ分の多い松など、さまざまなものが混じっている。そのなかから乾燥してよく燃えそうなものを選び、短い柄のついた鉈で、焚き付け用の細い薪を作っておく。短時間で火が起こせる、焚き火の準備完了だ。
家は商家の習わしで、午後3時におやつの時間になる。これを目当てに、事務所には人が集まってくる。お煎餅などが盛られ、薪ストーブに乗ったやかんからお茶が入れられる。大工の棟梁は「ありがたいね」とかいいながら、小粋に煙草に火をつける。そんな頃合いに、みんなのお国自慢話が始まる。
木が燃えて弾ける音は耳に心地よく、木の香りが混じった煙りは自然のアロマテラピー。火を囲んでの話は、決して深刻な方向へはいかない。たとえば子供時代に、野山で体験した冒険談や失敗談が笑いを誘い、時間を忘れさせるほど。「オットいけねぇ配達を忘れてた」などといいながら、活力を取り戻した男たちは、再び師走の街へ飛び出して行く。今考えると、筆者はなんと幸せな子供時代を過ごしていたことか。
年末の本コラムのテーマはギフト。で、愛する人たちと火を囲んだ時間を過ごす、というプレゼントはいかがだろう。超コンパクトなキャンプ用ガスバーナーで世界に認められたスノーピークは、この分野でのハイエンドを目指す会社。テントやタープの品質はもとより、クロージングのデザインも秀逸だ。なかでも推しは、TAKIBI Vest。
難燃性の素材選択、収納力のあるポケット、重ね着しやすいゆとり量。どこをとっても機能的で、しかも洒脱に使える。
このベストなら、今季注文したScyeのガンクラブチェック・スーツに合わせるのもシックかな、と考えたりしている。さて、もう一品の推しは、ワークマンプラスのメリノウール下着。オルロジュリーにワークマンはミスマッチかもしれないが、身体にピッタリした保温下着が苦手な筆者にとって、洗える薄手ウールで作られた保温下着は貴重な存在なのだ。しかもケミカルな素材ではないので快適である。
最近は、衣替えの準備前にいきなり気温が下がることがある。先日のそんな日、筆者はオーラリーの強然コットン・カットソウの上下にこれを合わせて、重宝した。またウールは保温力がナチュラルで、汗の吸収発散性もいいから、寒い時期のテニスプレイにも重宝している。
最近、ユナイテッドアローズの栗野宏文氏が『モード後の世界』(扶桑社)を上梓された。リベラルな理論家として活躍する氏のエッセイだけに、社会潮流からフッションの今を読み解く筆力がすごい。本のなかで、西洋的階級社会の価値観の行き詰まりや、流行を後追いする脅迫型消費の終焉が、こんどのコロナ渦で加速していることを指摘している。
そういえば筆者が尊敬するお洒落の先輩たちも、昔からそれを予兆するような着こなしをされていた。ジム通いに熱心な石津祥介氏はお手軽価格のインソールを何種も試し、「遠山くん、インソールは消耗品だからね」と、いたずら笑いされた。いっぽうアイビー写真集の出版記念パーティでスピーチに立った穂積和夫氏はアメカジという格好。登壇後、筆者に「コレ、蛮カラアイビー」と、ニヤリ。
栗野氏、石津氏、穂積氏、そして筆者も、名ブランドや高級良品が嫌いな訳がない。しかし今は、それらをフラットな目線で捉え、自分が見つけたお気に入りと組み合わせるシックなセンスこそが、大切なのだと思うのである。
名著にもあるように、シックとは、意外なものを組み合わせて洒脱に着こなす遊び心。ワークマンのメリノウール100%の下着はその資格を備えている。各1900円。問ワークマン Tel.03-3847-7760
1951年、東京生まれ。服飾評論家。面白くもなき老後を洒脱自在に、がこのごろのモットー。新型コロナウイルス禍の下では、裁縫男子の趣味を生かして、昔、一流どころで仕立てたスーツを分解研究するヒマつぶし。たまにコレクション見物へ出ては、若手クリエーターの才能に刺激を受けたり、がっくりしたり。友人が少ないために、夜のクラブ活動は、自然にソーシャルディスタンス。そんな偏屈おやじの退屈読本、お気に障りましたら、ご容赦のほど。
Photograph:Naruyasu Nabeshima
2020年11月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)