【HORLOGERIE-FASHION Vol.37】遠山周平の洒脱自在


『旅巧者とは軽行(かるゆき)にやる』と井原西鶴は記している。それは帯同する電気シェーバーの選択ひとつにも言えること。豊かで軽快な時間を得るために、あえて減らすスタイル、が潔い。

Vol.10 ブルターニュの洒脱薫る 夏の週末服

温泉ヘ旅した翌朝、髭を剃ろうと思ったら電気シェーバーが動かない。うっかり充電を忘れ、電源コードも持ってこなかった。こんな失敗で年を感じ、それを悔やむ方もいらっしゃるが、筆者は気にしない。逆に年齢を重ねたことで、若い頃のピリピリした心が薄れ、今は、ケセラセラなるようになるさ、と軽やかな気持ちになれた。

とりあえず宿にある簡易カミソリで髭を剃り終え、ふと電気シェーバーに目をやると、なにやら疲れて見えたのである。考えてみるとこの電気シェーバーくんは、筆者が購入した日から休んだことがない。毎日、同じ時刻に通電され、暑い日も、寒い日も、時に低血圧で機嫌の悪い主人の乱暴な扱いにも耐えて、職務を忠実にこなしてきたのだ。
なんと健気な、なんと立派な電気シェーバーであろう。キミがもし我が駅前ビルの社員なら、特別賞与を奮発したに違いない。

で、御褒美にお手入れをしてやることにした。使用後は水洗いだけで済ませていたから、白い石鹸カスやら皮脂の固まりがこびりついている。それを綿棒などで掃除し、刃に鼻のアブラをちょいと付けて終了。電気シェーバーも、たまの温泉旅行でリフレッシュしてくれたことだろう。

筆者が愛用し、旅にも携帯する電気シェーバーは、ブラウンの簡素なもの。今どきの、多機能な高級機を愛用している方からすると、「なんじゃコリャ」、と思われるほど、旧式な作りである。なにしろ、カーブした網刃の下を内刃が往復するだけの機構なのだ。

しかしこれで不便を感じたことはない。むしろ、「簡素ながら必要なモノはすべて揃っている!」と、感動することもある。ブラウンのこうしたデザイン思想は、ディーター・ラムズによって定着したもの。彼はバウハウスという、モダンデザインの基を作ったドイツの学校を卒業した建築家だ。

1955年にブラウンに入社し、そこで手がけたラジオレコードプレーヤーなどのデザインがきっかけとなって同社のチーフ・プロダクトデザイナーの道を歩んだ人物である。

「デザイナーは、個性や感性を主張するのでなく、ただ機能に従って線を引き、形を作っていくことが大切だ」と彼は説く。「誰が使っても便利で、誠実に作られ、また取り扱い説明書なしに使える自明性に富んだ製品は恒久的であり、資源の無駄使いを抑えることにも繋がる」と、元が建築家だけに、当時から環境面への配慮も忘れていなかった。

ラムズ自身が記した『デザインの10原則』をここで紹介するゆとりはないが、これを一言で現すのが『LESS BUT BETTER』。意味は『より少ないことは、より豊かなものを生み出す!』だからこそ、彼のデザイン意志を受け継ぐ、この小さな電気シェーバーくんは、使い込むほどに愛しい存在になったのであろう。

しかし残念ながら、このシリーズ1(品番190S-1)という機種は廃盤となるそうで、たまにネット通販などで見つかるような代物。入手しにくいものを紹介して、いたずらに読者の購買意欲を煽るつもりはないから、ブラウンの方に相談して、似たようにシンプルな機構をもつシリーズ3(品番3020S-B-P1)を教えて戴いた。

サイズや重量は、シリーズ1よりひとまわり大きく重くなっているが、旅に携帯して不便なこともない。なにより、先代に較べると刃の機構が進化していて、肌あたりがソフトで剃り味も優れている。ブラウンの製品は無愛想なデザインに思えるけれど、使う者の身になった優しさが細部に秘められている。

この電気シェーバーにしても、押しボタンの感触がとても優れているし、ボディ側面に施された小さな丸い凹みが手になじみ、以前使っていたものより厚みも重さも増したけれど、慣れると心地良いものへ変わっていくのが嬉しい。

朝の髭剃りは体調の判断材料になる。肌の張りや色艶、目の充血の有無などを鏡でチェックしてから、ウェットシェービング。これで気分が浮かない日は、無理をしないようにしている。その意味で電気シェーバーは仕事の相棒でもある。ブラウン3020S-B-P1 1万80円(編集部調べ)問 ブラウンお客様相談室 Tel.0120-136-343


特別な意味は無いけど、シェーバーもシェービングクリームもドイツ製で統一。早起きが苦手な方にはお勧めしない方法だが、約2cmほどを容器に入れ、シェービングブラシで泡立ててから使用するのが爽快。シェイビングクリーム 75ml 1320円。問 ヴェレダお客様相談室 Tel.0120-070601

Profile
SHUHEI TOHYAMA
1951年、東京生まれ。服飾評論家。面白くもなき老後を洒脱自在に、がこのごろのモットー。新型コロナウイルス禍の下では、裁縫男子の趣味を生かして、昔、一流どころで仕立てたスーツを分解研究するヒマつぶし。たまにコレクション見物へ出ては、若手クリエーターの才能に刺激を受けたり、がっくりしたり。友人が少ないために、夜のクラブ活動は、自然にソーシャルディスタンス。そんな偏屈おやじの退屈読本、お気に障りましたら、ご容赦のほど。

 

2022年9月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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