【HORLOGERIE-FASHION Vol.34】遠山周平の洒脱自在 


シルバーの素敵なアクセサリー類から七味唐辛子ケースまで数々の『生き残るデザイン』を手がけてきた男のステッキは古き良きダンディズムを継承しがらモダンにブラッシュアップした温故知新の傑作だ。

Vol.7 真のヘリテージを知る現代紳士の艶ステッキ

ダンクシュートを決めたことがあるだろうか? 筆者は一度ある。子供にせがまれて、背の低い小学生用のリングにダンクしたまでは良かったが、勢い余って小指を捻挫してしまった。

しばらく後に、展示会で試みに指輪をはめたら、最初からしっくりと馴染み、3秒で相性の良さを感じた。しかもそれを小指にはめていると、指輪がギブスの役割をしたのか、長年煩わされていた捻挫がみるみる快復したのである。

シルバーの台に誕生石であるターコイズがはまったピンキーリングは傷だらけだけれど、それも年輪を重ねた男のシワのようで、いわば筆者の分身であった。ここ数年、筆者の人生は激動期で、気持ちに余裕をもてない日々が続いた。そんな気ぜわしい朝、あろうことか相棒の指輪を床に落とし石を欠いてしまった。

指輪のデザイナーである吉田眞紀さんに窮状を訴えたところ、特別に修理に応じてくれた。こんな面倒なことに、時間を割いてくれた眞紀さんは、ほんとイイ男である。M.Y.LabelやS.T.dupontなどのアクセサリーのデザイナーを歴任した吉田さんは現在、悠々自適な生活を楽しみつつも、ニッチで小粋なインダストリアルデザインの商品を手がけている。

なかでも筆者がここで紹介したいのは『MATSU Cane&Walking Stick』というブランドのマイカルタ製ステッキである。

ステッキというと御年配者の歩行補助具という印象が強い。だが、ステッキのルーツは、賢者の杖であり、王の地位の証しでもあった。そんな歴史的要因があるから、昔の紳士たちは皆こぞってステッキを持ち歩いたのであろう。

吉田眞紀さんのステッキは、失われた素敵なステッキの復権であるばかりでなく、歩行補助道具でないステッキを求める、洒脱な人達のためにデザインされたものなのだと思う。

ステッキのハンドル部分に使用されたマイカルタという素材は、吉田さんのお気に入りの材料らしく、筆者も彼が以前デザインした同素材の繰り出し式のボールペンを長年使用している。

マイカルタは、平織りの薄い布に樹脂系の物質を染み込ませて何層にも重ねて作るらしい。人間の手の肌とすこぶる馴染みがよく、名人と呼ばれたナイフ職人が作る柄のようにグリップ感に優れていて、使い込むほど味も出る。

いつか子供たちに、吉田さんがデザインしたいくつかのアイテムをヘリテージするときに、「これはキミたちとバスケットボール遊びをしたときに、ぼくの小指を救ってくれた人がデザインしたものだよ」と伝えたい。吉田さんのステッキは、引き継がれていくものにふさわしい、時代を超える力を持っている。

伝統的なステッキのデザインを踏襲しながらもマイカルタ製のハンドル、カーボン製のシャフトと、現代にアピールするデザイン。石突き部分のディテールには吉田さん独自のこだわりが光る。ステッキ19万8000円。問 ma-tsu.jp

ハンドルは手に馴染みがよく、使い込むほどに味の出る素材を使用。長年、吉田さんのデザインを製造してきた柘製作所の技術も素晴らしい。


蘇った長年の相棒!
比較するのも恐れ多いけれど、ジャン・コクトー氏が愛用した3連リングのように、筆者のスタイルの仕上げに欠かせないのが吉田さんデザインのピンキーリング。割れたターコイズを替え、シルバーの台を完璧に磨きあげ、名品が再生した。


食卓の小粋
遊び心もある吉田さんのデザイン活動を象徴するような七味唐辛子ケース。なんでも、無添加にこだわった調味料メーカーの代表の人柄と南蛮の味の良さに惚れて、仕事を引き受けたとか。洒脱だネー! スパイスケース(原産国 日本 サイズ W22×H70mm 重さ 32g)7480円。問 https://hinoki.tokyo/

Profile
SHUHEI TOHYAMA
1951年、東京生まれ。服飾評論家。面白くもなき老後を洒脱自在に、がこのごろのモットー。新型コロナウイルス禍の下では、裁縫男子の趣味を生かして、昔、一流どころで仕立てたスーツを分解研究するヒマつぶし。たまにコレクション見物へ出ては、若手クリエーターの才能に刺激を受けたり、がっくりしたり。友人が少ないために、夜のクラブ活動は、自然にソーシャルディスタンス。そんな偏屈おやじの退屈読本、お気に障りましたら、ご容赦のほど。

 

Photograph:Naruyasu Nabeshima

2021年11月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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