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極北のエリアに残る伝承を 自らの目と足で確かめるために 北極に向かった冒険家の荻田泰永。 荒野と化した廃村で見た衝撃の光景とは?

目的の岩まで、人類が定住する最北の村、シオラパルクから150kmの単独徒歩行が始まる。久しぶりに降り立った北極の雪の感触を確かめながら、一歩一歩、進んでいく。

VOL.10 “老婆”に見える岩を確かめるため、6年ぶりの北極へ降り立つ

2025年4月。私は6年ぶりとなる北極の徒歩冒険に赴いた。旅のテーマは、グリーンランド極北部に伝わる伝承を追いかけ、その舞台を自分の足で訪れること。9年前、世界最北の定住集落であるシオラパルクで私が聞いたエスキモーの伝承のあらすじはこうだ。

かつて、シオラパルクからさらに北上した「アノーイトー岬」には、集落が存在した。そこには、身寄りのない婆さんが住んでおり、シロクマの子供を自分の養子にしたという。成長したシロクマの息子はある日、南の地域に獲物を探して遠出をしてしまい、南の村人に殺されてしまう。いつまでも帰らない息子を待つ婆さんは、海を見つめながら息子を想う歌を唄っているうちに岩になってしまった。その岩は今でもそこにあり、シオラパルクの猟師たちが狩りに出ると、アノーイトーに立ち寄って婆さんの岩の口元にアザラシの脂を塗ってやるのだという。

その岩を実際に見てみたいという想いに駆られた私は、シオラパルクから片道150km、往復300kmの単独徒歩行によりアノーイトーを目指した。シオラパルクを出発すると、海にせり出す氷河を登り、クレバス帯を避けながら標高1200mの氷床を超え、無人の荒野を進み、切り立った断崖が覆い被さるような深い谷を下る。目標物の乏しい氷床を進む時など、ナビゲーションに時計は欠かせない。愛用のブライトリングの機械式時計と、気圧計内臓のデジタル時計を左右の腕に装着。時計は航空機の計器のように、私の進路決定に欠かせない道具だ。

目指すアノーイトーは、対岸に国境を跨いだカナダの陸地を見渡すグリーンランド最北部。「アノーイトー」とは、現地のエスキモー語で「強い風」を意味する、常に強風が吹く場所だ。アノーイトーに辿り着いた出発7日目は、地名の意味とは異なる穏やかな晴天の日だった。海に向かってなだらかに傾斜する岩場には、かつてここに集落があったことを示す人間の痕跡があった。人為的に岩を丸く並べた古い住居跡。直径5mほどの岩のサークルは、トナカイの毛皮などで作ったテントを固定するためのものだ。ここには、1950年頃まで人が住んでいたという。

アノーイトーには古い集落跡が100mほどの間隔を置いて南北に2箇所あり、南側の集落跡の丘の上にその岩はあるということを聞いていたから私は探索を始めた。地図上で岩の位置を聞いていても、実際にその場所に身を置くとなかなか一つの岩を発見するのは難しい。話によると、高さは1m強で形は三角錐、海に向かって少し傾く様子は、婆さんが背中を丸めて待っているようだという。

情報を頼りに、あっちだろうか、こっちだろうか、あの丘の上を見てみようかとしばらく辺りを徘徊した。そうやって歩き回っているうちに、視界の先に特徴的な形の岩を発見した。あれだろうかと近付いていくと、それはまさに「海に向かって息子を待っているうちに婆さんが岩になってしまった」という物語の通りの形状をした岩だった。

岩を発見した瞬間、私はなぜか深い感動に包まれた。縁もゆかりもない、ただの来訪者でしかない日本人の私にも、岩の物語が素直に沁み込んでくるようだった。その伝承がいつから始まったのか、いつからこの岩があるのか、今では誰も知らない。何百年も昔のエスキモーがこの岩から受けた印象を、2025年に生きる日本人の私が見た時に、同じ物語を素直に受け入れられるのはなぜだろう。

時代も言語も国も文化も全て乗り越えて紡ぎ出されてきた普遍的な物語の中に、私も参加できたような気がした。無機質な岩から、人間の紡ぎ出す物語が聞こえてくるようだった。人間の想像力の偉大さを感じずにはいられなかった。
シオラパルクから持参してきたアザラシの脂を岩に塗り、私は帰路に就いた。今回の経験を踏まえ、私はアノーイトーの物語を元に、絵本作品の原作を書く予定だ。私が受けた感動を、私なりの物語として表現してみたい。長い時を経ても尚、変わらないものと、時と共にうつろい続けるもの。その「あわい」で人間の物語は生まれ、そして消えていく。人が生きることは、自分なりの物語を作ることだ。


荻田泰永(Yasunaga Ogita)
日本で唯一の北極冒険家。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2017年まで18年間で15回の北極行を経験し、北極圏各地を9000km以上も移動する。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外からのメディアからも注目される。2018年1月5日(現地時間)には日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功。北極での経験を生かし、海洋研究開発機構、国立極地研究所、大学等の研究者とも交流を持ち、共同研究も実施。現在は神奈川県大和市に、旅や冒険をテーマとした本を揃える「冒険研究所書店」も経営する。近著は『君はなぜ北極を歩かないのか』(産業編集センター)がある。

2025年6月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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