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北極冒険の時間と思考 “地球の温暖化問題は、北極冒険家としての 荻田泰永の冒険活動にも影響を与えている。温暖化問題の最前線である 北極の環境変化から見た、地球環境の今とは?”

2000年より20年にわたり北極行を行ってきた荻田。それだけに北極における環境の変化は肌で感じている。見渡す限りの巨大な海氷が広がる北極の雄大な景色は、もう見れないかもしれない。

VOL.4 北極の海氷減少が突きつける地球上の一生物としての態度

北極や南極に長年通っていると、地球温暖化や環境問題に関する質問をよく受ける。まず大前提として、極地では環境の変化が著しい。温暖化は進み、北極の海氷はこの20年ほどで劇的に減少していることは、科学的なデータから明らかだ。そう書くと、ほとんどの方達は「温暖化が進んで氷が溶けてしまったんですね」と理解するだろうが、ここに理解の落とし穴がまず一つ存在する。温暖化の事実と、海氷が減少している事実を同一文脈で書くことで、そこに直結の因果関係を想起するのは仕方ないが、事はそう単純ではない。

現在の北極海の海氷減少の影響としては、一例を挙げれば、①温暖化に伴い気圧配置の変化が起きる。②気圧の変化とともに風の動きが変わることで海氷の動きが変化する。③結果的に海氷の流動性が増し、北極海に長年留まる海氷が減少している。という具合に、温暖化というものを起点として、気圧配置や風や海流など様々な要素が絡み合い、最終的な海氷減少に繋がっている。

かつては、北極海には夏でも溶け残った海氷が多く漂っていた。しかし、近年、例えば2007年の夏、北極海に強い低気圧が居座ったことで、強風が北極海の海氷を押し流し、広い海域で氷が消え去った。白い海氷は太陽光を宇宙に反射するが、海氷が消えた海は黒く、太陽光を吸収する。それにより海水温は上昇し、温かい海は冬季の海氷再凍結を妨げる。結果的に、なかなか凍らない温かい海は、ひと冬を経ても海氷が成長せず、春を迎えると簡単に氷は分断されて再び黒い海が姿を表し、太陽光を再び吸収する。

いま挙げた例は、北極海に起きている現象のほんの一例に過ぎない。そもそも、環境問題とは「問題」と呼ぶ主体、つまり、人間にとっての問題だと言える。さらに思考を進めると、これは「人間の都合」の問題なのだと私には感じる。

温暖化することが環境問題なのは、それは人間が地球に生きる上で不都合な事態が多く発生するからだ。もし仮に、温暖化することで人間にとって都合の良い事しか起きなかったとしたら、どれだけ地下資源を掘り、燃やし尽くしてもそれは問題にならない。それどころか「良い事」として解釈されるだろう。果たしてそれは、成熟した社会がとるべき態度だろうか。結果しか問題にしないのは、結果オーライということだ。

古くから、人類は農業をはじめとして、自然を人為的に改変しながら生きてきた。土地から効率的に収量をあげるため、人間の都合で森を拓き、畑を広げ、海を埋め立ててきた。が、それは人類の生存に影響を与えるほどの大改変ではなく、うまく自然を利活用しながら生活を安定させることで、自然と人間はバランスが取れてきた。

しかし今、産業革命以降の人類による自然改変と地下資源の燃焼は、明らかな不均衡をもたらしている。かつて北極で、イヌイットのハンターと話した時、彼はこう言った「ライフルを構えて、動物をスコープに捉えるだろう。引き金を引くその一瞬、俺はその動物に心の中で語りかけるんだよ。これから俺はお前を殺すが、お前の命は無駄にはしないからなってね」

自然の中で生きるとき、対峙する自然との間で問題になるのは、人間の都合ではなく、人間の態度だ。優先される都合は自然の都合であり、人間は正しい態度で自然に招かれなければ、共存などできるはずもない。

私は、人間の都合ばかりを問題として語られる「環境問題」では、何も解決は見られないと思う。人間の行動の結果、都合が良ければ問題にせず、都合が悪ければ問題だと騒ぎ立てるのは、文明として成熟度が低い証左だ。地球上に生きる一生物としての分をわきまえながら、人類としての態度を再考しなければならないのだと、極地の自然は私に教えてくれた。


Yasunaga Ogita
日本で唯一の北極冒険家。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2019年まで20年間で16回の北極行を経験し、北極圏各地を10000km以上も移動する。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外からのメディアからも注目される。2018年1月5日(現地時間)には日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功。北極での経験を生かし、海洋研究開発機構、国立極地研究所、大学等の研究者とも交流を持ち、共同研究も実施。現在は神奈川県大和市に、旅や冒険をテーマとした本を揃える「冒険研究所書店」も経営する。

2023年11月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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