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【北極冒険の時間と思考】北極圏を歩き続けてきた冒険家、荻田泰永は、毎夏、 子供たちと100kmを超える徒歩旅に出掛ける。 旅の本質である徒歩を通じて子供たちが学んだこととは?

関ケ原古戦場記念館からスタートして、金沢城公園までのルートを歩いた100アドベンチャー2024。踏破した子供たちと荻田さんたち運営スタッフはやり遂げた充実感で満たされた。

VOL.8 予定外の計画を楽しみ、未知の世界に接することが旅の醍醐味である

毎年夏休み、小学6年生を対象にした冒険の旅、100マイルアドベンチャーを国内で開催している。100マイル(160km)を10日ほどかけて、キャンプをしながら歩くという冒険の旅だ。2012年から始めた旅も、今年で13年目。毎年開催ルートを変え、東京駅から富士山頂、厳島神社から出雲大社、新潟から猪苗代湖など魅力的なルートを設定し、子供たちと歩いてきた。今年の夏は、関ヶ原を出発して金沢まで、200kmを12日間かけて、全国から集まってきた9名の小学6年生たちと踏破した。

初日の集合場所で、子供たちも私も全員が初対面。集合場所まで、保護者が付き添ってやってくるが、いざ出発してしまえば家族とは離れての移動生活。10日以上、家族との電話なども一切せずに、会ったばかりの全員他人同士でのキャンプ生活が始まる。

これまでの13年の旅の中では、語り尽くせないほどたくさんの出来事があった。2021年に、江ノ島から諏訪湖までを歩いた時のことだ。小田原から箱根を越え、御殿場、山中湖と北上し、笛吹市から甲府市内に入ったところで、気温40度の猛暑に襲われた。その翌日は、甲州街道を北上していく予定だったのだが、街道沿いには街路樹が全くなく、太陽を遮ることができない歩道が延々続いていた。この気温で、日陰もない道を歩かせることに危険を感じた私は、これは、夜中に歩く良いチャンスだな、そう閃いた。

これまで日本中を子供たちと歩いてきたが、夜中に歩く経験もさせたいと思っていた。しかし、歩道が整備されていない場所も多く、実現できていなかった。甲州街道は街路樹が少ない代わりに、車道も歩道もしっかり整備され、夜間でも安心して子供たちと歩くことができる。猛暑も避けることができるので、ここがチャンスだと、甲府での日程を早めに切り上げて、翌朝は2時起床で早朝3時から歩き出すことにした。子供たちはいつものザックを担ぎ、頭にはヘッドランプ。眠い目を擦りながら、まだ星の輝く時間に出発した。2時間もすると、空は白々と明けてくる。雲が赤く染まり、南には晴れた空に富士山の輪郭が浮かび上がってきた。

「うわー! キレイだねー!」諏訪湖を目指して北上しながら、背後を振り返るたびに、富士山が青みを帯びて存在感を増していく。いつもなら寝ている時間帯に、こんな美しい世界があったのか。ただ、時間を変えて世界に向き合うだけで、未知とはいつでもそこにあることを、子供たちも私も実感した。旅とは予定に従うものではなく、感情に従うべきものであると、私は思う。

予定は計画できるが、感情を計画することはできない。予定内での行動では、事前に想像できる範囲からの逸脱を避け、既知の世界に埋没し続けていく。そうではなく、偶然の事態に身を任せるように、その都度の感情を大切にしていくことで、未知の世界は無限に広がっていくことを、旅は教えてくれる。人は、歳を重ねるほどに予定に縛られ、いまこの瞬間を生きることを忘れていく。

私たちが生きているのは、過去や未来ではなく、常にいまであるはずだ。時計もまた、過去や未来の時を告げるものではなく、いまこの瞬間を私たちに教えてくれる存在だ。日々の慌ただしさや、思い通りにならない計画に悩んでしまうような時は、自分の手元で「いま」を刻み続けている時計を眺め、ほんのひとときでも過去や未来ではなくいまこの瞬間の感情に身を任せてみてはどうだろう。未知の世界は、私たちの姿勢ひとつで、どこにでもあるのだから。


Yasunaga Ogita
日本で唯一の北極冒険家。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2019年まで20年間で16回の北極行を経験し、北極圏各地を10000km以上も移動する。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外からのメディアからも注目される。2018年1月5日(現地時間)には日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功。北極での経験を生かし、海洋研究開発機構、国立極地研究所、大学等の研究者とも交流を持ち、共同研究も実施。現在は神奈川県大和市に、旅や冒険をテーマとした本を揃える「冒険研究所書店」も経営する。

2024年11月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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