極地で言い伝えられる物語を確かめるため 6年ぶりの北極へ向かう冒険家の荻田泰永。 忘れ去られようとしている物語に スポットライトを当てようとする荻田の旅の目的とは?
2019年、北極冒険で経験豊富な荻田は、やる気があるだけのアウトドアほぼ未経験の若者を引き連れて北極圏600kmの踏破に挑んだ。旅行ツアーではなく、人生を賭けた荻田冒険隊の極地行となった。
VOL.9 忘れ去られた伝承が現代社会に何を問いかけるのかを確かめたい
25年4月、私は6年ぶりとなる北極への旅に向かう。目指す地は、グリーンランド最北のシオラパルク。人口40人ほどの、世界最北の定住集落だ。シオラパルクには、これまで2度訪れている。前回は2016年、私はカナダ最北の集落を単独徒歩で出発し、国境を超えたグリーンランドのシオラパルクまで、48日をかけて踏破する冒険だった。ゴールに到着したところで、土地に伝わるというひとつの昔話を私は聞いた。それはシオラパルクから北上したところに昔あった、ある集落での物語。
そんな話だった。そして物語を語ってくれた村人は、私に続けてこう言った。「今ではその集落跡を訪れる人はいない。私たちも狩猟を生活の中心にしなくなっているし、最近では温暖化で氷が不安定で、そこに行くルートが使えなくなってきている」
極北のエスキモーたちであっても、21世紀の現代では狩猟が主体ではなく、貨幣経済が生活の中心になっている。経済的には非効率な犬ぞりでの狩猟を行う者は、減少の一途を辿っている。そして温暖化による環境の変化が、そこに追い討ちをかける。長年使われてきた狩猟のルートや知恵が、継承されなくなってきているのだ。狩猟の過程で長年語り継がれてきた物語は、社会システムの変化や環境変化によって、その伝統が途絶えようとしている。
昨年、私はグリーンランドについての文献を調べている最中で、ある記録を見つけた。それは100年前に北極圏を広く探検し、エスキモーの記録を収集したデンマーク人探検家ラスムッセンの探検記。グリーンランド極北部で聞いたというエスキモーの民話の中に、なんと「岩になった婆さん」の話が記録されていた。それを読んだ時、私は不思議な感覚にとらわれた。私が聞いた話を100年前にラスムッセンも聞き、記録していた。物語が口伝えに連綿と繋がっている確かな実感を得た。
人間の社会は、文明的な発展と共に進歩を遂げてきたが、その代償としてたくさんのものを過去に置いてきた。私たちはすべてを抱えては前進できないが、受け継がれてきたものが風前の灯火のように消えゆく現実は、現代社会の有り様を考えさせる力強さがある。
今春、私はシオラパルクから一人で歩いて旅をして、この「岩になった婆さん」の実物を見に行こうと思っている。400kmほどの単独行になる。その岩は、今でもそこにあるはずだ。そしてこの物語を軸として、絵本作品の原作を書こうと予定している。私が書き残すことで、100年後の誰かがこの物語を発見してくれるかもしれない。
物語の舞台を旅する私の腕には、機械式時計が巻かれる。冒険において重要な計器であると共に、時計の技術もまた、過去から連綿と受け継がれてきた人類の叡智の結晶だ。エスキモーの物語を追いかける旅の重要な装備として、文明が産んだ物語を頼りに、私は北極を歩く。北極に語り継がれた物語からどんなメッセージを持ち帰ることができるか、現代社会に新たな視座を与える物語を、私自身楽しみにしている。

荻田泰永(Yasunaga Ogita)
日本で唯一の北極冒険家。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2017年まで18年間で15回の北極行を経験し、北極圏各地を9000km以上も移動する。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外からのメディアからも注目される。2018年1月5日(現地時間)には日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功。北極での経験を生かし、海洋研究開発機構、国立極地研究所、大学等の研究者とも交流を持ち、共同研究も実施。現在は神奈川県大和市に、旅や冒険をテーマとした本を揃える「冒険研究所書店」も経営する。近著は『君はなぜ北極を歩かないのか』(産業編集センター)がある。

『君はなぜ北極を歩かないのか』(産業編集センター)
2025年3月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

