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久しぶりに北極の地を踏んだ 冒険家の荻田泰永。 温暖化が進む中で、逞しく環境に適応する イヌイットたちの生活に迫る。

地面の上に氷や雪が数百メートルも積み重なっている北極圏でも、時折切り立った断崖が現れる。スノーモービルが普及した現在では、エスキモーたちもめったに足を踏み入れないエリアだ。

Vol.11 世界最北端の村で見た地球温暖化がもたらす功罪

2025年4月、私は6年ぶりの北極の冒険として、グリーンランド極北部を訪れた。世界最北の村シオラパルクを出発し、約300kmを歩いてその地に語られる伝承の舞台を訪れるという旅だった。シオラパルクの人口は、現在は30人ほど。私が2004年に初めて訪れた際には、80人ほどが住んでいたことを考えると、人口減少が著しい。住んでいる人たちは、今から1000年ほど前に現在のカナダ極北部から渡ってきたイヌイットの子孫たちである。

彼らは現在でも狩猟を生活の中心にしている。追いかける動物は、ホッキョクグマやジャコウウシなどの大型哺乳類や、セイウチやアザラシ、シロイルカやイッカククジラなどだ。彼らは古くから、その土地からもたらされる獲物を活用して食料も道具も衣類も住居も得てきた。

私が冒険を控えてシオラパルクに滞在していた4月は、凍結した海氷上を犬ぞりを駆って狩猟を行う時期である。しかし、今年は海氷の流出が例年に比べて異常に早く、通常は5月下旬まで氷上移動が可能なところ、4月半ばにはボートでの出猟が必要になっていた。

グリーンランドをはじめ北極圏各地では、温暖化の影響が他の地域よりも早く出ている。そう書くと、地元のイヌイットの人たちの生活自体が危ぶまれているのでは、というステレオタイプな印象があるかもしれないが、海氷が例年よりも早く流出したことによるメリットも、実は存在している。

彼らにとっての狩猟とは、かつては自分たちで食べるため、毛皮などの道具を得るためだった。しかし、現在では食料を得るための狩猟とは別に、現金収入を得るための狩猟を行うようになっている。現金を得るための狩猟として、シオラパルクで盛んに行われているのがシロイルカやイッカククジラといったクジラ類の狩猟だ。クジラの表皮は、現地では「マッタ」と呼ばれる貴重な珍味である。グリーンランド南部の大きな街に行くと、スーパーマーケットの鮮魚売り場で冷凍されたマッタが売られているのを目にする。

このマッタは需要が高く、良い価格で取引される。シオラパルクではクジラの群れが沖に現れるとお祭り騒ぎのような雰囲気になり、総出でボートを繰り出して狩猟に出かける。クジラ猟を行うには、氷上を犬ぞりで出るよりも、モーターボートの方が遥かに機動性も行動範囲も広がり、成果があがる。私が滞在している間、短い期間に2度もシロイルカの狩猟機会があり、村は大騒ぎだった。

海氷減少は、彼らにとって良いことばかりなのかと言えば、もちろんデメリットも存在する。犬ぞりがモーターボートに代わったことで狩猟の効率が上がることがあれば、その逆もある。犬ぞりでは海氷上も陸上も進むことができるが、ボートでは陸を進めない。陸上の大型哺乳類を狙うためには、やはり犬ぞりが欠かせないのだ。環境や社会の変化はイヌイットの暮らしに対して大きな影響を及ぼしている。古くから営んできた生活様式が、環境の変化で通用しなくなり、貨幣経済などの社会的な変化は狩猟の対象を彼らの興味と共に変化させる。

今年の冒険で私が訪れたイヌイットの伝承の舞台は、彼らが長年の狩猟生活の中で常に訪れてきた場所である。ところが、近年ではその地を訪れるイヌイットはいなくなった。食うための狩猟ではなく、現金収入のための狩猟が主体となれば、わざわざ遠出をするのは非効率だ。効率を求めた結果、生活の中で語られ続けてきた彼らの物語が、いままさに消え去ろうとしている。

しかし、消え去る物語もこれから生み出される新たな技術や知恵にその精神を残すだろう。人間の歴史は、そうやって絶えることなる紡がれてきたはずだ。時計もまた、数えきれない技術者たちの知恵が紡がれた結晶だ。小さな筐体に詰め込まれているのは、時代ごとの要請に応え続け、変化に対応してきた人々の物語である。


荻田泰永(Yasunaga Ogita)
日本で唯一の北極冒険家。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2017年まで18年間で15回の北極行を経験し、北極圏各地を9000km以上も移動する。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外からのメディアからも注目される。2018年1月5日(現地時間)には日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功。北極での経験を生かし、海洋研究開発機構、国立極地研究所、大学等の研究者とも交流を持ち、共同研究も実施。現在は神奈川県大和市に、旅や冒険をテーマとした本を揃える「冒険研究所書店」も経営する。近著は『君はなぜ北極を歩かないのか』(産業編集センター)がある。

2025年9月「HORLOGERIE]本誌より引用(転載)

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